FEATURE

視界を交換するアート

荒神明香インタビュー

JINS渋谷店で個展「contact」を開いた荒神明香。《contact lens》シリーズの大型作が空間いっぱいに広がって場の表情をがらっと変えた。メガネやコンタクトレンズとも通じ合う作品の展示から彼女が今、思うことは?

街中の光景が映り込むレンズ

今回はたくさんの丸いレンズを組み合わせた《contact lens》シリーズを2つ、展示しました。大小さまざまな透明なレンズ、渦巻き状になったレンズ、素通しの丸いアクリル板の3種類を組み合わせた作品です。《contact lens》に使ったレンズはどれも透明で、縁もついていないので、レンズの存在を意識せずに見ることができます。

JINSにレンズの作品を置くことはごく自然なことのように思えました。実際に設置してみると視覚的にはちょっと唐突で、違和感があるのですが、素材はメガネと同じレンズです。お店の中で《contact lens》は、自分で想像していたよりもずっと馴染んでいたように思いました。

この作品は以前にも美術館や、瀬戸内海にある犬島という島で展示したことがあるのですが、今回は今までとは違う感じになったのもよかったと思います。JINS渋谷店は賑やかな街の真ん中にあって、これまで私が作品を展示してきたホワイトキューブ(美術館の白い壁に囲まれた展示室)や犬島のように自然の豊かな場所とは性格が違います。たくさんのお店に囲まれていて、大きな窓があるから作品にも外の看板や映像が映り込む。それが思っていたよりもきれいで、動きがあるのです。普段見慣れた身近なものがまったく違って見えるのに自分でも驚きました。

視界を変えるレンズが現実も変える

私の作品はいつも体験から生まれてきます。普段生活している中で急に興味を覚えた何気ないことや、不思議に思ったことがきっかけになっています。
この《contact lens》は走っているバスの中から道路を見ていたときに目に飛び込んだ光景がもとになりました。アスファルトの粒が一つずつブワッと拡大されて目の前に現れたのです。今まで見ていた景色がこんなふうに突然、まったく違ったものに見える。そのことがとても衝撃的で、自分の目に対して疑わしい気持ちになりました。

レンズ越しに景色を見ると、その経験にさまざまなバリエーションが生まれます。たとえば会場はメガネやコンタクトレンズを作ってもらうお店です。視力を調整するためにレンズだけが取り替えられるメガネをかけて視力検査機をのぞいたり、周りの景色を見たりします。レンズを交換するとどんどん見え方が変わっていく。ぼんやりしていたものがくっきりと見えるようになったかと思うと、もっとぼんやりしたりする。目の前のレンズを取り替えることで現実の視界を交換しているようだな、とも思えます。

虫眼鏡などの向こうにあるものを触ると、ものすごく大きなものに見えるけれど、レンズ越しに見たままそれらに手を伸ばすと、ちゃんと触れることができます。つまり、私たちの視界は、目にくっついているレンズによって決められていたのだと言えます。レンズによっては景色がグワンと歪むものもあります。レンズによって現実の景色もねじまげられるのです。

子供の頃、虫眼鏡で太陽の光を集めて黒い紙を燃やす実験をしたことがある人もいるでしょう。太陽がすぐ近くにやってきた、そんな気持ちになったものです。また、望遠鏡で何百光年も遠くにある星を観察していると、遙かかなたにあるはずなのに網膜のすぐ前に星の光がやってきたように感じます。遠くにあるものが一瞬で近づいて、時間も距離も一気に短縮してくれるような気がします。

目という天然のレンズの形が違えば、違う景色が見えてくるはずです。人間の目は丸いものですが、もし三角形や四角形の目をした人がいたら? ハエは複眼という、たくさんのレンズが集まったような目をしています。理科の教科書などでは「ハエの視界」といった絵が掲載されていますが、本当はどんなふうに景色を見ているのだろう? いろいろなレンズによって景色や大きさ、形が決められていく。そんなことを考えるとやっぱり視界が変わることってすごいことなんだ、と思います。

自分の体験が本当か、疑ってみる

幼い頃から自分が見ていること、体験していることが真実なのかどうか、疑いを持っていました。地面を歩くことができるのは普通だけれど、それって本当に当たり前のことなんだろうか? 地球の自転が止まったり、みんなが宇宙に放り出されたりすることだって、ないとは言い切れないのでは? そんな思いが背景にあるのが、造花の花びらを上下対称になるように組み合わせた《reflectwo》という作品です。この作品は、川面に映る景色がヒントになりました。川の水面が水鏡になって森や建物などの景色が上下対称に見えたのです。すると木や家が空に浮いているように見える。空間がそこだけぽっかりと抜けてしまったようにも見えて、自分がどこに立っているのかわからない。そう感じて、怖い気持ちになりました。

犬島家プロジェクト A邸 Photo: Suo Takashi

こんなちょっとした恐怖感や疑問は私だけでなく、多くの人が抱くものではないかと思います。日常の中でその日常を超えるようなものに出合ったときに感じる、"怖い"という感覚が面白い。これを作品にして、みんなの心にさざ波をたててみたい。《reflectwo》などは見た目がきれいなので恐怖感を抱く人は少ないかもしれませんが、私の中では怖いものだと思っています。

《reflectwo》は工業製品である造花を使っています。その花びらを解体して、同じものを2つずつ使って上下で反転させている。有機的だけれど人工的でもある造花という不思議な素材が、違和感をあたえます。日常的に目にする造花が、普段とは違う見え方になるんです。

JINS渋谷店の《contact lens》の展示でもお客さんが互いに写真を撮りあったりして、楽しんでくれているようでした。レンズはそれぞれ大きさが違うので、動いていくと体のパーツが大きくなったり小さくなったり、歪んで見えるのも不思議な体験だったと思います。私たちが当たり前のように見ている景色は、ちょっとしたことで一変するかもしれない。見え方が変わると現実も変わってしまう。この展示を見た方と、そんな感覚を共有できればいいなと思っています。

荒神明香 アーティスト
1983年広島県生まれ。2009年東京藝術大学 先端芸術表現科 大学院 修了。幼少期の体験、日々の観察や発見などから、 鑑賞者の意識を変容させる立体的な仕掛けを生み出し、空間全体を異化するインスタレーション作品を発表。近年では、wah document らとともにグループ目【め】として活動する。主な展覧会に、2007年「Space for your future」(東京都現代美術館、東京)、「ライフがフォームになるとき」(サンパウロ近代美 術館、サンパウロ)、2011年「Bye Bye Kitty」(ジャパン・ソサエティ・ギャラリー、ニューヨーク)。2013年〜犬島「家プロジェクト」(A邸、S邸)。作品「reflectwo」は現在、現美新幹線(JR上越新幹線車両内)にて展示中。目【め】としての活動にも、2013 年「迷路のまち~変幻自在の路 地空間~」(瀬戸内国際芸術祭プロジェクト、香川)、2014 年「たよりない現実、この世界の在りか」(資生堂ギャラリー、東京)、2015年「東京アートミーティングVI"TOKYO"- 見えない都市を見せる」(東京都現代美術館)ほか多数。

取材・文=青野尚子
撮影=木奥恵三
編集=大澤佑介(RCKT/Rocket Company*)

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